大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)198号 決定

抗告人 麻井助文

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原決定を取消す。相手方が布施簡易裁判所昭和三八年(ト)第二七号不動産仮処分命令申請事件の決定正本に基き、昭和三八年五月七日大阪地方裁判所執行吏二反田正二に委任して抗告人所有の原決定添付目録記載の物件につきなした仮処分執行はこれを許さない。」との裁判を求め、その理由として主張するところは別紙抗告理由書記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

一、事実の認定

原決定理由「三、当裁判所の判断」の項の冒頭に掲げる各疎明資料によれば、原決定がそれ以下で認定している本件仮処分及びその執行に関する諸事実と同一の事実が認められるのでこれをこゝに引用する。抗告人は本件仮処分決定がなされた当時における本件(三)の建物の建築工事進捗状況に関し、「これから屋根を葺き外部の壁を塗ろうとする程度の工事進行状態にあつた。」と主張するが、本件仮処分決定の当初の日付が昭和三八年二月二七日となつているのは明らかな誤記で、真実に右決定があつたのは同年四月二七日であつたことは前認定の通りであつて、同日された右仮処分の執行に関し執行吏が作成した不動産仮処分執行調書によれば、(三)の建物の工事の進捗状況は前記認定の通りであることが認められるから、その数時間前に過ぎない本件仮処分決定のあつた当時においてもこれと大略同様の工事進捗状況にあつたと認むべきである。いづれにせよ、本件においては、後記法律上の判断をする関係では、右仮処分決定のあつた当時右工事は未完成で、抗告人は(三)の建物に入居使用するに至つていなかつた事実が明らかであれば事実の認定として十分であつて、この点についての抗告人の主張は大して意味がない。抗告人はまた、「昭和三八年四月二七日執行吏がした仮処分執行は記録上同年五月六日解放されたことになつているが、右は後日に至つて日付を遡らして虚偽の記載をしたものであつて、真実は翌七日執行吏が新な仮処分の執行と称して本件各物件について執行行為をするまで継続していたものである。従つて執行吏のした後の執行行為は点検排除処分であつて、新な執行行為ではない。」と主張する。しかし、執行吏が如何なる執行手続をとつたかは、執行吏がその執行手続に関して作成した執行調書の記載から判断されるのが原則であつて、当事者その他の利害関係人から右調書の記載に誤りがあることが疎明又は証明されない限り、裁判所は右執行調書の記載によつて執行吏の執行手続を認定しても差支えない。本件の場合、昭和三八年四月二七日に執行された第一回目の仮処分執行は記録上同年五月六日に解放された旨記載されていることは、抗告人が自らこれを主張しているところであつて、記録を調査しても右記録上の記載が事実に反することの疎明はなされていない。抗告人の右主張は証拠に基かない主張として排斥を免れない。

そのほか、本件仮処分申請の被保全権利及び保全の必要が何であるかは、本件仮処分方法の当、不当の判断に極めて重大な影響があるので、当裁判所は以上の認定に次の認定を追加する。

原審における相手方本人の審訊の結果によれば、本件仮処分の本案は建物収去、土地明渡訴訟であることが認められる。右事実と前記認定事実(原決定認定事実と同一)とを綜合すれば、抗告人は使用貸借契約により相手方から原決定添付の物件目録(一)記載の宅地を借受け、その地上に同(二)記載の建物(但し、当時は現在の約三倍の建坪であつた)を所有していたが、昭和三八年四月中旬頃から相手方の承諾を受けないで右(二)の建物のうち西側約三分の二を取毀つて、そのあとに新しく同(三)記載の建物の建築を始めたので、相手方は抗告人に対して右無断建築を理由として(一)の宅地の貸借契約を解除する旨の意思表示をした上、右解除による貸借関係終了を原因とする右宅地についての原状回復請求権又は宅地所有権に基くその不法占有者に対する妨害排除請求権としての(二)(三)の建物についての建物収去、(一)の土地についての土地明渡の請求権を保全するために、抗告人その他の者が右請求権の目的物件に対して右請求権の実現を不可能又は困難にするような事実上又は法律上の変更を加えることを禁圧する必要があるとして、抗告人を被申請人として本件仮処分に及んだものであつて、抗告人が(三)の建物に入居してこれを住居として使用することは、右建物に関して右請求権の実現を困難にする事実上又は法律上の変更をもたらす最も重大な行為の一に当るから、(三)の建物に抗告人が入居することを阻止排除することは、右保全目的達成のための最も重要な処分の一として、相手方が当初から本件仮処分申請の趣旨中に含めていたものであることが認められる。従つて、右申請を認容した本件仮処分決定も、(三)の建物については、抗告人がこれに入居するのを阻止する趣旨のものであつたと認めることができる。

二、法律上の判断

民訴法第五四四条所定の執行方法等に関する異議の裁判は、執行吏の執行行為又はその不行為がその職務上の義務に違背する場合に止らず、それらが執行吏の職務行為としては適法であるが、それらの内容が不当である場合についても、これら違法、不当を是正する趣旨の制度であるから、右裁判に当つては、執行吏の執行行為等がその職務行為として適法であるかどうかについて判断するに止らず、更に進んでそれらが前記執行行為の内容が相当であるかどうかについても判断しなければならない。殊に、仮処分決定のあつて後その執行までの間に、仮処分当事者利害関係人等の間の法律関係や係争物の状態等に事実上又は法律上の変動があつた場合には、その執行方法等に関する異議の裁判をする裁判所は、右変動によつて、仮処分債権者の被保全権利や保全の必要性が消滅したかどうか、及び保全の必要な限度に消長を来たしたかどうかについて実質的に審査判断しなければならない。

(一)  本件仮処分執行が執行吏の職務行為として適法であるかどうかについて、執行吏は仮処分決定の文面により命ぜられた処分を忠実に執行すべきものであつて、その具体的執行に当つても、執行現場の状況により仮処分決定の文面により命ぜられたところに最もよく適合するように適宜の処置をとることが要請されているだけで、抗告人の主張するような事件の事実上、法律上の実質的関係や事態の推移等から仮処分決定の内容に自己の判断解釈を加えその文面に表れない処分の執行をしたり又はその執行が可能であるのにこれを差控えたりすることはできない。

本件の場合について見るに、仮処分決定の文面には、(三)の建物については、「抗告人の占有を解き、これを相手方の委任する大阪地方裁判所執行吏に保管させる。」と定めていて、抗告人にその使用を許す旨を定めていない。従つて昭和三八年五月七日執行吏が執行現場に臨んで右仮処分決定の執行をするに際し、抗告人の占有を解くために右建物内に存置されていた抗告人の所有と思われる寝具、家具、仏壇その他の動産類を建物外裏空地に搬出して完全な空家の状態とした上、執行吏自身が占有保管する方法として出入口の戸、雨戸等を釘付けにしたのは、右仮処分決定の文面の命ずるところを忠実に執行したものであつて、これをその職務行為として違法であると云うことはできない。かえつて、抗告人の主張するように、右仮処分決定に基いて、現状不変更を条件として抗告人に建物の使用を許す等仮処分決定の文面にない処分の執行をしたり、右のようにその執行が可能であるにかゝわらず自己の独断で仮処分の執行を差控えたりすることこそ、執行吏の職務上の権限の範囲を超過した違法な執行手続であると云わねばならない。執行吏が仮処分決定について実質的な審査解釈の権限があり、右審査解釈に基いて仮処分の文面にない執行をする義務がある旨及び右法律解釈を前提とする抗告人の主張はすべて理由がない。

抗告人は昭和三八年五月七日の仮処分執行は同年四月二七日の執行の点検排除としてなされたものであるから右執行は違法であると主張する。しかし、右五月七日の執行が四月二七日の執行とは別個に仮処分決定後、法定の執行期間内に、新にされた執行であることは既に認定したところである。そうすれば、先の執行が適法であつたか否か、それが解放されたか否か、何時解放されたかは、後の執行が執行吏の職務行為として適法なものであつたかどうかに影響のないことである。

(二)  本件仮処分の執行の内容が相当であるかどうかについて、

この点に関して、抗告人は、本件仮処分決定はその内容においてもその「基本精神」においても現状維持の仮処分であつて、断行的現状変更の仮処分としての執行は許されないと主張する。

しかしながら、本件仮処分決定は、前認定のとおり、(一)の宅地(二)の建物については現状不変更を主眼とする仮処分を命じたものであるが、(三)の建物については、これに抗告人が入居して使用するのを阻止するために、抗告人の占有を解いて執行吏の占有に移したものであつて、その法律上の形式においても、事実上の実質においても現状を変更する断行的な仮処分を命じたものである。たまたま右仮処分決定のなされた当時において、抗告人は(三)の建物を占有しているだけで、これに入居、使用していなかつたので、右仮処分決定は(三)の建物の使用関係に関する限り現状を変更しないものになつていたが、その占有の関係では明白に現状を変更するものであるばかりでなく、抗告人の入居、使用を禁圧することを主要な目的とする仮処分であつたのである。従つて、抗告人の主張するように、抗告人が右建物に入居してこれを使用している現状においても、現状を維持する趣旨の仮処分であるとは到底考えることができない。そして、本件においては、右のように、仮処分決定の趣旨は(一)、(二)の各不動産については現状維持を、(三)の建物については現状変更を主たる目的とするものであるから、仮処分決定の趣旨が(一)、(二)の不動産について現状を維持するにあるからと云つて、そのことを直ちに(三)の建物についても現状維持の仮処分をしたものであるとする根拠にすることはできない。同様に右(三)の建物について右第五項の外に第一項の処分を定めていること自体からも右第一項が単なる現状維持でないことが判るのであつて、右第五項があることは第一項が(三)の建物についても現状維持の趣旨であることの証拠にはならない。また現状を変更する断行的仮処分の申請があつた場合には、裁判所は仮処分決定をするに先立つて当事者の審訊その他の慎重な手続をすることが往々にしてあるが、法律上又は条理上必ずそうしなければならないと云うわけではない。従つて、事前に当事者の審訊等慎重な手続を経ないで仮処分決定をしたからといつて、そのことから直ちにその決定の内容は現状維持であつて現状変更ではないと結論することはできない。更に、仮処分によつて目的物件についての債務者の占有を解きこれを執行吏に占有保管させる場合には、右占有を解かれた債務者は、特に目的物件の使用を許されている場合を除いて、目的物件を使用することは事実上不能となるから、仮処分決定が債務者に対して右物件の占有も使用も許さない趣旨のものである場合にも、その決定主文の表現としては、単に右物件についての債務者の占有を解く旨を表示すれば十分であつて、特に債務者を退去せしめるとか債務者の所有物件を搬出するとか債務者にその使用を許さない旨を明示する表現を用いる必要はない。「単に目的物件についての債務者の占有を解く旨のみ記載された仮処分決定は現状維持の仮処分であつて、右目的物件を債務者が使用中であるときにこれに基いて執行する場合には、債務者にその使用を許さねばならない。又はその執行は不能である。」旨の抗告人の主張は肯認できない。

既に認定したように、本件仮処分決定は、(三)の建物が建築工事中であつて抗告人がこれを占有こそしていたが未だその使用を開始していない状態にあつた当時において、抗告人の右建物に対する占有を解いてこれを執行吏に占有保管させる旨を命じたものであるところ、右決定の執行は、右建物の建築工事が既に完成し抗告人がこれに家財道具等を搬入存置して入居し、その使用を開始した後において、右建物中に存置されていた抗告人所有の家財道具等を搬出し、空家の状態になつた建物の出入口等を釘付けする方法で行われたものである。しかしながら、先に当裁判所が追加認定した事実によれば、仮処分債権者である相手方の被保全権利としての(一)の宅地明渡、(二)、(三)の建物収去の各請求権、及びその保全のために(三)の建物に抗告人が入居してこれを使用するのを阻止排除する必要性は、抗告人が右建物に動産類を搬入しこれを住居として使用しつゝある既成事実によつて、変更されることなく、執行当時も存続していたと認むるが相当である。また前記原審以来の認定事実によれば、抗告人は、先の仮処分執行によつて相手方が右建物への抗告人の入居を拒んでいることを知りながら、敢えて右建物の完成を急ぎこれに動産類を搬入して右既成事実を作り出したものであることが認められ、右事実に徴すれば右既成事実を排除することは前記権利の保全のため必要な限度に属し前述の執行方法は右既成事実排除の方法として不相当と云うことはできない。そうすれば、本件仮処分執行方法は本件仮処分決定の執行方法として適法且相当なものと云わねばならない。

(三)  昭和三八年四月二七日の仮処分執行が本件の仮処分の執行の実質的な当不当に及ぼす影響について。

本件仮処分の執行が先の仮処分執行とは別個に新になされたものであること、先の仮処分執行の違法及びその解放の有無又は解放の時如何が、後の執行が執行吏の職務行為として適法であるかどうかに影響ないことについては既に述べた。そして前認定事実によれば本件仮処分決定は昭和三八年四月二七日にされたものであつて、ただその日付が同年二月二七日にされた旨誤記されていただけであるから、先の仮処分の執行は形式的には瑕疵のある執行であつたけれども、実質的には仮処分の執行期間経過後に抗告人を害する目的で執行されたものでないこと明白であつて、不当な執行には当らない。また仮処分決定の日付は後で四月二七日に補正されたのであるから、先の仮処分執行の瑕疵は補正された決定正本を抗告人に示すだけで治癒される筈であるが、抗告人が先の執行は無効であるとしてこれを無視して(三)の建物に入居していたので、仮処分決定の趣旨通りの実効ある仮処分執行をするために執行を新にやり直しただけのことであつて、その間抗告人は自ら先の仮処分執行を無視して行動し、先の仮処分執行によつて何等の被害も受けていない。従つて先の仮処分執行があつたことは、後の仮処分執行が実質的に相当であるかどうかの判断に少しの影響も及ぼさない。また右のように先の仮処分執行が抗告人に実害を与えていない本件の場合、先の仮処分執行が後の仮処分執行の日の前日に解放されても、後の仮処分執行の日に後の執行と入替えに解放されても、それが後の仮処分執行の実質的当不当に影響を及ぼさないこと明らかである。仮りに先の仮処分執行の解放がなかつたとしても、後の仮処分執行をしたこと自体が、先の執行を無効として取扱つたものか又はそれを有効として解放したことを意味するのであつて、後の仮処分の実質的当不当に全く関係のないことである。抗告人のこの点に関する主張は全く理由がない。

三、そのほか記録を調査しても本件仮処分執行方法が違法又は不相当である理由を見出さない。

四、結論

以上のように、昭和三八年五月七日にされた本件仮処分執行は適法且相当であるから、これを違法又は不当であるとしてその取消を求める抗告人の執行方法に関する異議申立は失当であつて棄却を免れない。右異議申立を排斥した原決定は相当であつて抗告人の本件抗告は理由がない。

よつて民訴法第三八四条第九五条第八九条を適用し主文の通り決定する。

(裁判官 岩口守夫 長瀬清澄 岡部重信)

別紙 抗告理由書

一、原審は、本件物件(三)の建物については、本件仮処分決定には抗告人の使用しているままで保管することを命じていないので、抗告人の占有を解き執行吏の占有保管に移すため、まず抗告人の占有使用を表徴するものとして、本建物内に存置されていた抗告人の動産類を建物内から外に搬出して抗告人の占有を解いたのであつて、その上で建物を釘付として、執行吏の占有保管の確保と建物の保持をはかつたものである。その間に何等の不法、不当の点は存しないのである。しかもその執行は有効期間たる十四日以内になされたし、その執行自体は本件の仮処分決定の内容通りになされたものであることが明らかである、と認定しているが、

二、本件建物(三)の建物は、建築工事中のもので、これから屋根を葺き、外部の壁を塗らんとする程度の進行状態にあつた。そしてこの程度の建築工事中の建物については、通常、屋根葺き、外部の壁塗りを終り、天井の板張り、内部の壁塗りなどを完了した上で畳建具を入れ、然る後に家財道具類を搬入して、初めて居住使用するものであることは経験則上肯定せられるところである。されば、本件仮処分決定は、建築工事中の本件物件(三)の建物内には、未だ畳建具を入れておらず、勿論家財道具類も存置せず、従つて抗告人がこれを居住使用するに至つていないことを前提としているものと解される。

よつて、本件仮処分決定の内容は、先づ主文第一項によつて、別紙〈省略〉記載の各物件に対する抗告人(被申請人)の占有を解いて執行吏保管とする、しかしこれは、執行吏が本件仮処分決定の内容通り執行するため、目的物件全部につき、現状に於いて自らその占有の引渡を得て保管するという手続上なされるものであつて、その意図するところは、抗告人(被申請人)の従前の占有状態をそのまま認めただ現状を客観的、主観的に変更させないことにある。従つて本件の場合は、本件物件(一)の土地と物件(二)の建物については、抗告人(被申請人)が使用しているままで、又物件(三)の建物については、前述の如く抗告人(被申請人)が使用していないままで、何れも執行吏保管とする趣旨と解される。つぎに、執行吏は主文第二項によつて、本件物件(一)の土地と物件(二)の建物については、抗告人(被申請人)が使用しているので、抗告人(被申請人)が使用しているままで保管し、本件(三)の建物については、主文第三項によつて、前述の如く抗告人(被申請人)が使用していないので、前述の執行吏保管のままとし、ただ抗告人(被申請人)の申出があれば、屋根葺き、外部の壁塗りを許さねばならない(しかし被申請人が現実に使用していると認められる場合は執行吏の臨機の処置としてその使用を許すべく、これを禁ずる趣旨ではない)。そして、主文第四項によつて、執行吏は右の各場合についてその保管していることを適当な方法で公示し、主文第五項によつて、物件(二)(三)の建物について一切の処分行為並に建築工事の続行を禁止しておくというものである。以上が本件仮処分決定の内容であり、その基本精神であると解される。

三、然るに、本件仮処分決定の発令後十日経過した昭和三十八年五月七日の執行の際には、本件物件(三)の建物は、既に完成され、畳建具は勿論家財道具類も入れて、抗告人は同月三日に結婚した妻と同居してこれを使用していたのである。さればこの時には、既に本件仮処分決定が想定した、抗告人が使用していない、建築工事中の建物が存在しないことになる。

よつてこの場合、執行吏は本件物件(三)の建物については、本件仮処分の内容通りの執行ができないものと解されるところ元来仮処分命令は臨機応変の裁判であつて、執行吏も又その趣旨により、具体的な執行は、執行現場に赴いた現状により適宜の処置をとるべきものであると理解されている。よつて本件の場合、執行吏は臨機の処置として、物件(一)の土地、物件(二)の建物と同様に、現状不変更を条件として抗告人にその使用を許すべきものと解される。殊に、本件仮処分決定の発令の際に、明渡の断行を命ずるものと同様の手続上の配慮がなされていないし、又決定自体に明渡同様の執行力あることを明言していないのである。よつて本件断行の執行自体は本件仮処分決定の内容通りなされたとはいえず、執行吏はその執行方法を誤つたと謂わねばならない。

四、原審は、他に抗告人主張の如き見地による執行方法を誤つた点も見出し得ないと断定しているが、

本件仮処分決定の執行は、さきの現状維持の仮処分を、不法に、断行の仮処分に転換したものである。蓋し、昭和三十八年四月二十七日、執行吏代理高市敏雄が執行した現状維持の仮処分は、後日の調査によれば、五月六日附の解放願によつて解放された如くなつているが、相手方が決定の発令日が二月二十七日附である事実を知つたのは、抗告人の不法執行を追及した書留内容証明郵便を受取つた五月八日であり、執行吏についても五月七日であるから、他に特別な事由のない限り、執行吏がその以前に解放願を受理したというのは真実ではない。原審は、不法の疑いがあるので五月六日相手方に於いて解放したと認定しているが、これは誤つた独創であつて、相手方に於いて五月七日以前に不法の疑いを抱いたと認められる証拠は見当らないし、却つて上述の事実によつて、後日に日附をさかのぼらせて提出したものと推論される。しかも、五月七日数名の人夫を伴い、執行に赴いた執行吏二反田正三は、さきの現状維持の仮処分の執行が、抗告人に於いて解放の理由乃至通知をも受けていないため、現実に、なお存続しているままに、これを断行の仮処分に転換してしまつた。これは現実には抗告人に対する点検排除処分であつて、本件仮処分決定の発令の際に、明渡の断行を命するものと同様の手続上の配慮がなされていない、又決定自体に明渡の執行力あることを明言していない以上これを消極に解すべきである。よつて執行吏の執行方法の違法は明らかである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例